2023年12月4日(月)セルリアンタワー東急ホテル39F「ルナール」において、2023年度クリエイティブ・シティ・カウンシルを開催致しました。
テーマは「デジタル」。前半は、東京大学 先端科学技術研究センター 特任准教授 吉村 有司様によるキーノートスピーチ、後半はご出席者の皆様によるフリーディスカッションを行いました。
【開催概要】
日時 | 2023年12月4日(月) 15:00~17:30 |
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会 場 | セルリアンタワー東急ホテル 39 階「ルナール」 |
テーマ | デジタル |
プログラム |
15:00 開会挨拶 15:10 キーノートスピーチ テーマ:「建築・都市における A I とビッグデータの可能性」 15:45 フリーディスカッション 17:30 閉会 |
ご出席者 |
■ ゲスト ■ ファシリテーター |
キーノートスピーチ
建築・都市における
AIとビッグデータの可能性
東京大学 先端科学技術研究センター
特任准教授
吉村 有司様
デジタルテクノロジーを都市計画やまちづくりに活かす
私は建築家ではありますが、Ph.D.はコンピュータサイエンスで取得しております。2001年にスペインのバルセロナに移住し、バルセロナ都市生態学庁やカタルーニャ先進交通セ ンターなど、主にスペインのパブリック・セクションを渡り歩きました。2017年にはアメリカ東海岸に移住し、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究員になっています。そして2019年、コロナ禍直前の日本に約20年ぶりに帰国することができました。
海外にいた20年間に何をやっていたかというと、新しいテクノロジーがアーバンプランニングやアーキテクチャーに、いかにインパクトを与えるのかについて研究していました。A I やビッグデータを建築や都市計画、まちづくりにいかに活用・応用していくかを考えるのが得意とする分野です。
一例を挙げると、2009年に実施した「トラッシュ・トラック」というプロジェクトがあります。人間は、日常生活の中で必ずゴミを出しますが、そのゴミが自分の家から出てどう移動しているかは、よくわかってないんですよね。そこで、ゴミのトラッキングをしてみようということになりました。つまり、ゴミの生態調査です。当時はテクノロジーもそこまで進んでおらず、センサーは自分たちでつくりました。ボランティアの方々の家から出たゴミにそのセンサーをつけたのです。最終的に3000ほどのゴミをトラッキングしたところ、ゴミは出してから2週間ぐらいは家の周りをぐるぐる回り続け、1ヶ月ほど経ったころ、突然遠くに飛んでいくことがわ かりました。さらに面白いことに、一旦長期的な距離を飛んで着地したら、ゴミはそこから6ヶ月経とうが1年経とうが動かないということもわかったのです。
このように、最新テクノロジーを使うとものの動きがわかり、それらのデータを分析した上で都市計画やまちづくりに活かすことができます。
データを用いたまちづくりの先進事例 「スーパーブロック・プロジェクト」
では、A I やビッグデータを用いた都市の分析と具体的なまちづくりへの応用事例をご紹介します。私のこれまでの経験からも、これからの都市は歩行者中心で、歩いて楽しいまちという方向に向かっていくのではないかと思います。実際にニューヨーク、ボストン、パリ、ロンドンなど、世界中の都市が15分都市(日常のほとんどの用事を徒歩や自転車で 済ますことができる都市計画)や歩行者空間化を進めています。そしてその観点で先頭を走っているのは、明らかにニューヨークとバルセロナなんですね。
ニューヨークには「ハイライン」という非常に有名なプロジェクトがあります。ここは、廃線になった貨物列車の高架鉄道をいざ撤去しようとなったときに、市民の間から、撤去ではなく空中庭園に変えてほしいという要望が出たのです。そこでニューヨーク市と市民、NPOが一緒になって空中庭園として蘇らせました 。僕もMITにいるときはよく遊びに行きましたが、まさにザ・ウォーカブルな歩行者空間、非常に良質な公共空間が広がっています。
対して、バルセロナの「スーパーブロック・プロジェクト」 は、専門家の間で非常に熱い視線を集めています。この計画の重要なポイントは、データを用いたまちづくりを実践している点にあります。バルセロナ市は、ビッグデータという言葉が一般的になる何十年も前からさまざまなデータを収集・分析し、分析結果を都市計画やまちづくりに生かしてきました。これはバルセロナ市の、そのようなまちづくりのあり方が結晶化したプロジェクトだと言えます。
「スーパーブロック・プロジェクト」の基本的な考え方は、9つのブロックをひとかたまりとし、その内側を歩行者空間にするというものです。しかも「なるべく車は通行をしないでください」という「お願いベースの歩行者空間化」であることが肝となっています。だから緊急車両はもちろん、荷捌きの車や近隣住民の車も、通ろうと思えば通ることができます。
「スーパーブロック・プロジェクト」は、そのスケールの大きさから、実現すれば劇的な変化をもたらします。つまり、かなり過激な提案なんですね。さすがのバルセロナ市でも、ここまで過激な提案をすぐには実行できませんでした。1980年代から計画され、実装までにはパイロット・プロジェクトを何回か実施しています。最初にやったのが、2005〜2007年にかけて実施された「グラシア地区歩行者計画」で、実はこのプロジェクトは、私が担当しました。
もともとグラシア地区は17世紀、車の発明以前に都市の骨格がつくられたエリアだったので、近代化に対応できていませんでした。慢性的な渋滞を引き起こしており、子どもが遊べる場所もなかった。けれども、歩行者空間を当てはめることによって生まれ変わり、現在では、バルセロナ市民がもっともオシャレだと思うエリア第一位、アーティストがもっとも住みたいと思うエリア第一位に輝いています。こういったパイロット・プロジェクトの結果を通して、バルセロナは、スーパーブロックを実装し続けています。市民が街路にペインティングしたり、子どもたちがサッカーゴールを置いて遊んでいたり。スペイン人は、街路を非常にうまく使い倒しているなというのが僕の感想です。
データの活用は、都市計画の基礎的なインフラになっていく
今、都市のあり方は、とても多様になっています。ですから、歩行者空間化をはじめ、なにかしらの再開発をやるのであれば、それによって住民の生活の質が本当に上がったのかどうかまできちんとデータを取って分析し、次の開発に活かしていくことが大切です。
そこで私が取り組んだのが、「街路の歩行者空間化は、そこに立地している小売店や飲食店の売り上げを上げるのか下げるのか」という問いに、ビッグデータを用いて答えを出す研究でした。この研究は、小売店や飲食店の売り上げを歩行者空間化の前後で比較しているだけなので、分析の枠組みとしてはすごくシンプルです。ただ、ひとつのエリアに絞るのではなく、スペインのすべての都市のすべての街路を対象に行 なったところが、先行研究とは大きく違っています。
この研究では、ふたつのデータセットを使いました。ひとつは、EUやスペインの法律に準拠したかたち、そして個人情報には最大限の注意を払いながらという前提ではあるのですが、3年分のクレジットカードの決済データ。そして2点目が重要なんですけれども、「Open Street Map(OSM)」の歩行者空間データを収集する技術の開発です。
OSMは「Wikipediaの地図版」と思っていただければいいと思います。つまり、市民の集合知が地図をつくってくれている。その重要な特徴のひとつが、すべての街路に属性情報が記載されていることです。1本の街路が何メートルで、幅は何メートルなのか。用途は何で、用途が変更されたとしたらいつ変更されたのかといった内容が全てわかるようになっています。そこで、どこがいつの段階で歩行者空間化されたのかという属性情報を抽出しました。ここに、グリッド単位での店舗の売上情報を重ねると、歩行者空間化した街路に立地する小売店や飲食店の売り上げが向上していることが統計的にわかりました。
この結果は今後、歩行者空間化を推進したい自治体、企業、各団体のみなさまへの、サイエンス側からの最大限のバック アップだと思っております。データで見ていくことで、都市やまちのつくり方が根本的に変わる可能性もあるのではないかと思います。
ビッグデータやA I を使った分析を活用すると、膨大な情報も一瞬で集めることができます。ですから今後は、都市計画やまちづくりにデータを活用することは、基礎的なインフラになっていくと思います。私もコンピュータサイエンスの側から、都市計画やまちづくりに寄与する基礎的な技術をさらに開発していきたいと思っているところです。
フリーディスカッション
テーマ
「都市データをいかに まちづくりに活用していくか」
科学技術の可能性と限界
岩瀬「スーパーブロック・プロジェクト」に関する基本的な質問ですが、9ブロックをまとめると、一辺はどれぐらいのグリッドになるのでしょうか。日本だと土地の用途はかなり制限されていますが、土地利用への影響はどうだったのかも伺いたいです。
吉村グリッドについては、1859年にイルデフォンソ・ セルダという土木技師がつくった、一辺が約133 mの正方形のグリッドが基盤になっています。これが敷き詰め られているのがバルセロナの基本的な都市構造で、9つ集めると一辺は約400m。400mは徒歩約5分なので、そのぐらいなら歩けるのではないかという試算をもとに、9個でひとつのブロックということになりました。また、 スーパーブロックごとにバス停を置けば、最長でも5分歩けば誰もがバスに乗れることになります。これはなかなかに優れたサイズ感ではないかと思っています。
土地利用計画については、地中海の都市に典型的なんですけれども、最初から混合用途地域になっています。 ヨーロッパの都市は1階部分に小売店が入り、2階以上が住宅になっていることが多いと思います。2階以上に住んでいる人が1階に降りていくと職場があったり、カフェがあったり、レストランがある。つまり職住近接で、そもそも混合用途地域であるというのが、バルセロナの土地利用計画の基本になっています。そこは日本とは大きく違うかもしれません。
岩瀬お願いベースということでしたが、具体的にどう いうお願いをされているのかも教えていただきたいです。
吉村スーパーブロックの入口に行くと「スーパーブロック内は時速10キロで走行してください」というマークがついています。これがお願いベースということです。ただし、スーパーブロックでは子どもが遊んでいたり、お茶を飲んでいる人がいたりと、車では入りづらい雰囲気を醸し出しています。入ると面倒くさいことはみんながわかっているので、実質的にはなかなか入っていかない。つまり「空気感」で計画を進めているところがあります。もちろん、荷捌きの車や緊急車両は入りますが、そういう場合でもすごくゆっくり入っていくので、歩行者と共存した空間が実現できています。
髙橋(東急)私は2023年7月にバルセロナに行き、実際にスーパーブロックを視察してきました。入口にさりげなく植木鉢が置いてあったり、子どもが遊んでいたりと、確かに入りづらい雰囲気を醸し出していましたね。
地元のみなさんから一様に話が出たのは、歩行者空間化のいちばんの問題は荷捌きの車なのだ、ということで した。確かに渋谷でこれをやるとしたら、荷捌きのために道路を変えなきゃいけないし建物を壊さなければいけなくなる。そこがバルセロナと渋谷の大きな違いで、バルセロナはもともとのインフラがしっかりしているので、こういった計画を進めても無理がないのだなと感じました。本来的には、都市計画の最初の段階から一緒に考えなければいけないのですね。
楠木お話の中では「スーパーブロック・プロジェクト」 によって、パブリックスペースが 270%増えると言っていました。これは、計画がすべて実行されたらということだと思うのですが、現時点では何%ぐらいまで進んでいるのでしょうか?
吉村具体的なデータは手元にはないんですけれども、中心街などを歩いているとかなり進んでいる印象は受けます。例えばConsell de Cent通りは約3kmに渡って歩行者空間化が完了しています。本来は20年かけてゆっくり進めていく計画でしたが、コロナがあったことで想定よりも早く実装されています。
楠木スーパーブロックは、ごく一部のエリアで実行したときにはいいことばかりだと思うんですね。ところが計画が進んでいくと、人々の移動の仕方に大きなインパクトを与えるようになる。例えば、渋滞などの問題が出てくるかもしれませんよね。そうなると、それまでは静かになって空気も良くなり、店の売り上げも上がって良かったと言われていたものが、必ずしも賛同されなくなるときが来るかもしれないと思いました。これはもちろん、私の推測というか印象論ですが、このあたりの懸念についてはどのように考えていらっしゃいますか。
吉村とても本質的なご質問だと思います。市民に車を使わないでくれと言うからには、代替となるオルタナティブな交通機関が必要になります。そこでバルセロナでは歩行者空間化を進める前に、公共交通機関の質を高めようということで、バス路線変更計画を実施しました。このほかにも自転車など、さまざまな交通手段を総合的に検討し、「これなら公共交通機関を使ったほうが楽だし移動がしやすい」と思ってもらえるようにしていきました。つまり、まずは市民の行動変容を促していくことがひとつのカギになっています。
楠木先生のご質問は、その行動変容のどこかにターニングポイントがあって、まっすぐには進まずに曲がってしまうのではないかということですよね。これは正直、やってみなくてはわからないところがあるのですが、バルセロナはそこに対しても最大限の努力はしています。
というのも、バルセロナは交通シミュレーションをきちんと回すことができている数少ない都市だからです。東京やパリ、ロンドンなどは、都市の規模が大きすぎて交通シミュレーションがうまく回せていない。160万人都市で、街路がグリッド状になっているバルセロナは、交通シミュレーションを回しながら歩行者計画を実施しても、渋滞が起こらないことを実証するのにちょうどいいサイズ感なのです。
楠木なるほど。そうすると日本だと静岡市など、地方都市のほうが着手しやすいのでしょうか。
吉村そうですね。神戸市の人口が約160万人なので、そのような規模感の都市はやりやすいのではないかと思います。
三木非常に興味深いお話でした。2点お伺いします。1点目は 、wikipedia のような仕組みを使ってみんなで地図をつくるというのは面白いと思ったのですが、それは市民が協力しないとできないものですよね。どうやってそこに誘い込むのか。マップ制作の協力者数が数千人というデータがありましたが、これは自然に集まったのでしょうか?
吉村今のところはほぼボランティアで集まっています。
三木実は私は、それに近いソフトを使ってデータベースをつくっているのですが、なかなかうまくいっていません。協力者を巻き込むコツがあればぜひ伺いたいです。
吉村地図の分野には「マッパー」と呼ばれる方々がいます。マッパーとは、ボランティアでありながら、アクティブに地図を更新してくれる方々のことです。そういう人が一定数いないと、マップもなかなか整備されていきません。ただし、現在はマッパー自体が黎明期で、新しいからということで興味をもった人がやってくれている状況です。今後も恒常的にモチベートしていくのはなかなか難しいと思うので、そこは我々も考えていかなければならないと思います。
三木もうひとつ伺いたいのは、今は集めようと思えば、いろいろなデータが集められますよね。私の周辺だと携帯電話の基地局データなどは使っているのですが、吉村先生から見て、ほかに活用できそうなデータはあるのでしょうか。
吉村都市データにもいろいろあり、それこそ携帯電話の基地局データや僕も活用したクレジットカードの情報、ポイントデータ、日本なら交通系カードがよく使われているのでSuicaもいいですね。そういうものがあるとお店の売り上げの指標などには使えます。また、今後はおそらく、自治体がもっているデータもオープンになっていきますので、そのデータをいかに都市計画やまちづくりに活用していくかが、非常に大事なポイントになってくると思います。
三木ポイントは一見無関係なデータから何を引き出すか、ですよね。
吉村はい。そういうところにこそ、建築家の知恵やイマジネーション、クリエイティビティを生かしていくの が、これからの都市計画やまちづくりだと思います。
涌井日本でも数年前からウォーカブルなまちづくりに取り組み始めています。私自身も、日本最大規模の実験だった名古屋の久屋大通をプロデュースして、片側3車線を2車線に減車線する案まではつくっていました。しかし、警察の強い反発に合い、残念ながら実現できませんでした。今後、日本でウォーカブルなまちづくりを推進していくための現実問題として、バルセロナは警察に対していったいどんな魔法をかけたのかをお伺いしたいです。
吉村スペインの警察は、基本的にふたつあります。テロが非常に多い国なので、そういった国家的な事件を扱う警察と、それとは別に市民の日常生活を扱う警察があり、歩行者空間や道路を管理しているのは、後者の警察なんですね。そしてそれは、市長の管轄下にあります。わかりやすく言うと、市長が「歩行者空間をつくります」と言ったら「はい、わかりました」と協力してくれる体制になっている。ですからスペインでは比較的進めやすかったのだと思います。
楠木涌井先生が名古屋でやられたときに警察が反対した理由はなんだったのですか?
涌井久屋大通の交通量を制限してしまうとほかの道路 が混雑し、事故が増えるということでした。減車線すると実際のところどうなるかという社会実験も、1ヶ月に渡ってきちんと行なったんですね。そうしたらまったく問題がないという結論が出たのですが、そのデータを開示してもなお許可は下りませんでした。向こうは向こうでビッグデータをもっていますからね。そのビッグデータに抗しきれませんでした。
三木こうした計画を進めるにあたって、みんなの合意を取るのはやはり大変ですよね。どれだけいいプランであっても、反対する人は絶対にいます。
吉村僕がグラシア地区で歩行者空間化をやらせていただいたときは、その地域の7割の人が賛成していればいいかなというぐらいの雰囲気でした。基準がかなり甘いですよね。それはなぜかというと、やはり欧州の都市は、公益性は優先させるものだという思いが強いからなんですね。
三木つまり、バルセロナでは大きな建物をシェアして使っているような文化があるのでしょうか。
吉村ありますね。だからこそ、自分の家のリビングが狭くても、家の前にはみんなでシェアして使える陽のあたる公共空間があることがすごく大切なんです。
ただ、もちろんバルセロナにもいろいろな意見をもっ た人たちがいます。ですから、そこにこそデジタルテクノロジーを取り入れて、さまざまな市民の意見を掬い上げ、熟議を促して合意形成をしやすくしていきたい。そのためにデジタルテクノロジーを使おうじゃないかという流れが生まれつつありますね。
データを充実させる重要性
髙橋(リバネス)車道を歩行者空間化する、つまり、今 あるものを変えていく未来もありながら、一方で街中をドローンが飛んでいるといった、今までにない未来も最近は描かれますよね。まちを変えるだけではなく、いろいろな機能が足されていく可能性も大いにある。そういった可能性が出てきたときに、いったいどういうまちづくりが考えられるかということを、お話を聞きながらずっと考えていました。
東京都の2050年の姿を調べてみると、ビルと緑が一 体化し、多様性が保たれたまちが描かれているんですよね。私はもともと生物学をやっていた人間なので、ああいうのを見ていると、病気の発生や生物多様性に関するデータもデザインに組み込むことが大切ではないかと感じます。それこそペストが流行ったときに、建物の形や地図が変わったという話を本で読んだことがあります。 どういうデータを足していけば、2050年の理想の姿に近づくと思いますか。
吉村バルセロナは、エコロジーや生物多様性といったことに、とても敏感な都市です。僕はもともと「バルセロナ都市生態学庁」という機関に属していましたが、どうしてこのような機関があるかというと、バルセロナにはラモン・マルガレフというエコロジー分野の創始者のひとりといわれる人がもともと住んでいた都市だからなんですね。ですから、都市というものは分野別やセクションごとに考えていくものではなく、横串で刺していったときに都市全体としてどうしていくかを考えるもので、だからこそ生態学が重要なのだという趣旨のもとで設立された機関でした。
バルセロナ都市生態学庁では、当時から最新テクノロジーを駆使し、GIS(地理情報システム)やオープンデータをうまく使いこなしていました。やはり、生物学や交通など、あらゆる観点から多くのデータを集めて、それを元に都市を形成していくことが大切だと考えています。
涌井今、欧州では中心市街地には車が入れないのが原則になっていて、そのエリアの地価が高騰しています。私はこれを「環境不動産価値」と言っています。日本でも、これまでは駅から近いほうがマンションの値段が高かったと思いますが、これからは、いかに環境の質がいいかで不動産価値が決まっていくことになると思いますね。
ニューヨークのハイラインのお話をされていましたよね。私も、ハイラインについては深い関心を抱き、かなり学ばせていただきました。ハイラインの起点は倉庫群で、その地区の居住環境は劣悪と言っても過言ではない状況。そうした地区のコミュニティが、利用が止まった高架に緑を植えて庭をつくり、管理を熱心に行なったところからハイラインが始まったわけですね。しかし、その次に何が起こったのかというと、地価のものすごい高騰を招きました。
そのわずかな距離の試みが、今に見るハイラインまで延伸させたかというと、やはり周辺の地価がものすごく上がり、キャピタルゲインが得られる新たな経済が生まれたからではないでしょうか。このように、市民が自らの居住環境を良くしようとする動機を拡張し、まちづくりにどううまくはめていくのかという戦略的視点も重要なのではないかと思うわけですが、バルセロナの場合はいかがですか。
吉村再開発によって環境が良くなると、地価が値上がりすることになる。これは事業者にとっては良いことですが、もともと住んでいた人たちにとっては賃料が上がって出ていかざるを得ない状況になってしまうわけですね。こうした現象を「ジェントリフィケーション」と呼びますが、なかなか難しい問題です。バルセロナの場合は一貫して市民ファーストを貫いています。弱者を救済すると言っても良いのかもしれませんが、もともとそこにあるコミュニティを守ることに心をさいていると思います。
一方でバルセロナは観光で栄えている側面があります。 最近はオーバーツーリズムが問題視されていますが、やはり観光客に「来るな」とは言えません。でも来すぎてしまうと、そこで暮らしている人々のコミュニティが壊れてしまう。このバランスをどう保っていくのかという問題に、僕が知る限り、世界中のどの自治体も答えはまだ出せていないと思います。
私はこの問題にもやはりデータで答えを出せないだろうかと考えています。例えば、賃料と環境の相関関係を 調査してみる。そこから再開発に関するビジネスのあり方も変わっていくではないかと思います。
堀江再開発による期待高揚で、一時的にスペキュレーションも起きるわけですね。それをデータで示すことによって、これではさすがにオーバープライシングではないかと示唆し、不必要な不動産価値の上昇を抑えていく。その意味で、データの充実というのは非常に重要だと思います。
渋谷を「ウォーカブルなまち」に
堀江まちづくりの観点からもお聞きしたいのですが、先ほど、市民の行動変容を促したというお話がありましたよね。市民が公共交通を積極的に利用し、以前よりも1.5倍歩くようになると、おそらくウェルネス観点でいい影響があるのではないか。お話を伺いながら、ぜひ市民に万歩計をつけてもらい、ビッグデータ化できないかなというところまで想像が及んだのですが、バルセロナでは、このあたりまで考えてプロジェクトを進めたのでしょうか。政策目的のターゲットはどのあたりだったのかを教えていただきたいです。
吉村結論から言うと、バルセロナは「健康まちづくり」まで射程に入れていると思います。1980年代に歩行者空間化に取り組み始めたきっかけは、排気ガスなどの環境問題への懸念が高まり、公共交通機関を使ってもらおうと考えたことでした。しかし10年ほど前からは、健康についても考えていこうという視点が出てきて、今ではかなりの重点が健康に置かれています。
今、私は、日本の高齢者の数十万人単位のデータを用いて「歩いて楽しいまちは健康にもいい」ことを証明する研究を進めているところです。健康と歩行者空間化は、非常に相性がいいのではないかと思っています。
髙橋(東急)そういったオープンデータは、どこまで取りえるものなのでしょうか。東日本大震災のときに帰宅困難者が大勢出た経験から、渋谷エリアでも帰宅困難者の対策協議会ができました。そして東京都が帰宅困難者を登録するLINEアプリを使ったオペレーション・システムの開発を始めています。登録してもらえば、どこに何歳以上の人が何人いるといった情報が瞬時にわかるようになる。しかし、こういったことを進めていくと必ず個 人情報の問題に抵触して、どこまでが良くてどこまでが駄目かという議論になります。また、高齢者や障がいをもつ方が 、果たしてLINEアプリに登録できるのかといった問題もありますよね。
吉村個人情報の扱いに関しては、市民に対して、データを出したときにどんな見返りがあるのかをしっかり説明することが大切だと思います。都市計画やまちづくりに対してこのように使うからこういういいことがある、だからデータを使わせてくださいと、きちんと説明すれば受け入れてもらえるのではないでしょうか。
三木非常に不思議に思うのは、データをいちばんもっているのは自治体のはずなのに、先ほどから、そこに対する期待感はみなさんからあまり聞かれないですよね。もしデータを提供してもらえないとするならば、もっと働きかけをすべきではないでしょうか。そうしないと無駄な時間が増えてしまいますよね。
楠木僕の印象だと、そのあたりの判断は市長に大きく依存しているように思います。市長は数年ごとに選挙があるので、データを用いてインフラを整えていく計画の時間軸の長さに比べて、どうしても連続性が途絶えやすいところがある。
だから僕は、行政が長い時間軸で計画を続けていけるよう、専門家をハイヤーして、今までの公務員と違う形で採用できる仕組みが必要ではないかと思っています。 たとえば兵庫県豊岡市は、中貝さんというリーダーシップのある市長がいて、城崎温泉のデジタル化を進めるときに、楽天トラベルを運営していた方々をかなりの数、民間採用しました。だから僕は市長次第でできることは、意外とある気がしますね。
髙橋(東急)実は今、渋谷でもウォーカブルなまちづくりの検討が始まっています。もともとバルセロナのようなグリッド状の空間ではないので難儀はしているんですけれども、渋谷区にもメンバーに入っていただき、我々のような民間企業も地域住民も入って委員会を結成しました。その中で、渋谷区には非常に協力的にさまざまなデータを提供していただいています。
渋谷に来る人は、渋谷というまちをどう思っていて、どうしてほしいのか。我々はこれを「まちづくり」ではなく「まちづかい」と呼び、まちづかい戦略をどうするかを検討しています。おそらく来春にはほぼ構想ができあがりますので、またご披露させていただきたいと思っていますが、ちゃんとデータを出して協力してくれる自治体もいるという補足をさせていただきました。
堀江渋谷区は今の区長さんが大変ユニークで、スピード感をもっていろいろなプロジェクトを進めています。ですから、環境的には大変恵まれている土地だと思いますね。ある調査では、2023年のインバウンドの訪問先第一位は渋谷で、満足度も非常に高かったそうです。渋谷のまちづくりに関わってきた企業として、大変誇らしく思います。
一方で、満足度という切り口から、インバウンドの観光客のトイレ問題が個人的に気になっています。これまではコンビニが助けてくれていましたが、最近はトイレを貸し出さないところも増えてきました。
「インバウンドのトイレ問題の解決」をテーマにした場合、そこから逆算されていくデータサイエンスの世界は、非常に面白いのではないでしょうか。髙橋専務がいったまちづかいの話に近いのですが、都市計画で定めるのは建物単位のことで、全体の観光客の数に見合ったトイレの数まで考えているわけではありません。そこは、従来の都市計画が想定していなかったところなんですね。
吉村ご指摘のように、トイレ問題は生活の質に直結する問題のわりに、都市計画法や建築基準法が適合できていないところがあります。今日のお話につなげると、オープンデータを活用したり、みんなでトイレマップをつくっていくところから始めていくのはありなのではない かと思いました。
堀江また、渋谷のまちづくりを進める中で私が考えているのは、渋谷をクリエイティブな産業の集積地にしたいということです。クリエイティブな産業といっても、IT産業やコンテンツ産業に限りません。例えば、各企業の新規事業を担当する部署などを誘致して、いろいろな業界の人がアイデアをぶつけ合いながら成長していってもらいたい。そこで、官民連携のスタートアップ支援にも取り組んでいます。
例えば、クリエイティブの集積を促進するにあたっては、オープンな場が必要だと思います。IT系のクリエイターが会社を越えて集まる飲み屋があると聞いていますが、そういった場づくりにデータサイエンスが支援できることはないのかなと考えています。
吉村どんな形の都市だったら人々がクリエイティブになり得るのかということは、今までまったく研究されてきませんでした。例えば、こういう形の建物やこういう道路の交わり方をしていると、このエリアにはクリエイティブな人たちが集まる、もしくは、それによってなんらかの産業が活性化するなど、都市の形態からクリエイティブの集積を探っていくことは、今後、私がやりたいと思っている研究のひとつですね。
楠木今日の吉村先生の話で僕が学んだのは、データは大切だけれども、その前に「局所的にでもまずやってみる」のが重要だということです。そうするとデータが取れて、良い点も悪い点もわかって、コンセンサスも形成しやすくなって好循環が生まれていく。それを、まずはお願いベースでやると。初めから完全を目指さずにゆるい基準でやるのがポイントなのかなと思いました。 また、お願いベースというのは日本に非常に馴染む考え方ではないでしょうか。コロナのときには、いろいろなお願いベースがあって、それが見事に機能していましたよね。ですから今、明らかに季節や曜日によって交通が麻痺し、来る人も住んでいる人もみんながストレスを感じている京都などでやってみたらどうなるのかなと思いました。京都は、住んでいる人のまちに対する愛着が平均よりもずっと高いので、お願いベースでやってみたら、非常に有益なデータが取れると思います。
テクノロジーを活用して 循環型の仕組みをつくる
小宮山ちょっと話を戻してしまうのですが、ゴミのトラッキングのお話がありましたよね。ああいった取り組みも、これからますます重要になってくるのではないかと思います。私は、アルミニウムなどの合金として使われているものにはタグを付けておき、それが戻ってくる仕組みというのは、必ずつくらなくてはいけなくなると思っています。
石油や石炭のように何億年もかけてつくられたものを、毎年どんどん産出してどんどん消費している。年間につく られる量を消費する量が上回っているわけですね。その状態で、この先どれだけ資源が残っているのかを計算すると、今後は相当リサイクルして使用量を減らさないといけな
今は、廃棄物処理系の産業はコストが見合わないと言われています。しかしカーボンクレジットも石油価格も、 これからペナルティ的にどんどん上がっていくことにな るでしょう。僕は、2030年には5倍になると予想していますが、5倍になったらだいぶ話が変わりますよね。そうすると、テクノロジーを活用して循環型の仕組みをつくることがとても重要になってくるわけです。
吉村そういうところにこそテクノロジーを入れたらいいですよね。コストの問題はもちろんありますが、トラッキングは、技術的にはチップを入れればいいだけの話なので簡単にできるのです。そういうことをやりながら考えていき、都市全体でサーキュレーションを回していく方向性を試みる必要は必ず出てくると、私も思います。
小宮山例えばゴミも、自治体によって出し方が違うし、プラスチックの分別は大変なんだよね。以前ある自治体で、プラと塩ビを分けろと言ったのに、最後は一緒くたにしていたということがありました。みんな、だんだん面倒くさくなってやらなくなってしまう。処理の仕方や市民が分別した効果などを、それこそデータで示していくのは、とても大事なことだと思いました。
中村きちんと分別したら税金が安くなるといったリワードが、データによって見えてくるといいですよね。さて、そろそろ時間が来てしまいました。
三木最後にひとつだけ、今日のテーマが「デジタル」ということなので、お手元に案内を置かせていただいています都市大の新しいプログラムを紹介させてください。昨年、 私立と公立の大学を対象に、3002億円の補正予算が出ま した。この補正予算の目的は「デジタル人材を増やすこ と」にあります。今、日本の大学は理系人材が35%しかいないので、これを 50%までもっていき、デジタル人材を増やしてほしい。そのプログラムに対してつくったのが「東京都市大学リカレントプログラム」です。
具体的には、渋谷の法人ビルで最先端技術を導入した デジタルベースの都市大渋谷ブランチキャンパスをオープンします。ここでリスキリングやリカレント教育をやる。教員はデジタル化した講義のコンテンツをウェブに載せることになっています。受講しやすいよう、大科目を4分割や5分割にして、ひとつの科目でフルに連続して受講して単位を取らなくても、セグメントごとに受講し、それを集めていけば単位が取れるクレジッティング・ システムにしようと考えています。ぜひ、周りの方々にこのプログラムへの参加を案内いただけますよう、お願いいたします。
また、英語教育についても変えていこうとしています。 生成 A I の性能が上がると、なくなる職業の筆頭が英語教師だと言われていますが、実際に生成 A I を導入した講義を試行しています。生成 A I を使うことにより、見事に新しい、しかも有効と思われる内容の講義が出来上がりました。生成 A I は、現時点でほぼ1秒の遅れで翻訳が出るんですね。出現後半年でそこまで性能が上がっていますから、次の半年で何が起きるか。ここから先は、デジタルの導入によって教育も大きく変わるだろうと思っています。新しいことにチャレンジしていますので、関心があれば、ぜひ注目していただければと思います。
中村今日の議論を受けて、東京都市大学がさまざまな 自治体にあるデータを引き出し、リカレント教育の場でそのデータを題材にして調査・分析をしてくれるのではないか。そんなことも期待しつつ、終わりにしたいと思います。本日は、大変活発なご議論をいただき、ありがとうございました。
小宮山今日の議論を受けて、東京都市大学がさまざまな 自治体にあるデータを引き出し、リカレント教育の場でそのデータを題材にして調査・分析をしてくれるのではないか。そんなことも期待しつつ、終わりにしたいと思います。本日は、大変活発なご議論をいただき、ありがとうございました。