2022.04.19

【1月12日】第7回円卓会議を開催しました。

2022年1月12日(水) セルリアンタワー東急ホテル39F「ルナール」において、第7回円卓会議を開催致しました。

第7回となる本年度のテーマは「まちの新しい地域循環を考える」。前半は、アドバイザリーボードメンバー/東京都市大学 環境学部 特別教授の涌井史郎氏によるキーノートスピーチ、続いて国土交通省 水管理・国土保全局長の井上智夫様より話題提供をいただき、後半はご出席者の皆様によるフリーディスカッションを行いました。

【開催概要】

日 時 2022年1月12日(水)15:00-17:30
会 場 セルリアンタワー東急ホテル 39 階「ルナール」
テーマ まちの新しい地域循環を考える
プログラム 15:00 開会挨拶
代表幹事 小川泰史(東急株式会社 沿線開発事業部事業推進グループ 統括部長)

15:10 キーノートスピーチ
江戸に学ぶ自律分節型コモンズとネットワーク ―NbSを基盤とした新田園都市構想―
ランドスケープアーキテクト/東京都市大学 環境学部 特別教授 涌井 史郎氏

15:45 話題提供
人と川のつながり
国土交通省 水管理・国土保全局長 井上 智夫氏

16:00 フリーディスカッション

17:30 閉会
ご出席者 ■ アドバイザリーボード・メンバー
株式会社三菱総合研究所 理事長
小宮山 宏氏

東京都市大学 学長
三木 千壽氏

ランドスケープアーキテクト / 東京都市大学 環境学部 特別教授
涌井 史郎氏

多摩大学大学院 教授 / 一般社団法人Future Center Alliance Japan代表理事
紺野 登氏

■ 幹事会員
カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 蔦屋書店カンパニー 執行役員
天川 清二氏

コクヨ株式会社 会長
黒田 章裕氏

株式会社日建設計 取締役常務執行役員 都市・社会基盤部門統括
奥森 清喜氏

株式会社三菱総合研究所 専務執行役員 VCP総括 全社連携事業推進本部長
岩瀬 広氏

東急株式会社 取締役社長
髙橋 和夫

東急株式会社 取締役常務執行役員
髙橋 俊之

■ ゲスト
国土交通省 水管理・国土保全局長
井上 智夫氏

■ 司会進行
株式会社三菱総合研究所 執行役員
中村 秀治氏

キーノートスピーチ
江戸に学ぶ
自律分節型コモンズと
ネットワーク
─ NbSを基盤とした新田園都市構想 ─

ランドスケープアーキテクト/
東京都市大学 環境学部 特別教授
涌井 史郎氏

江戸は極めて優秀なコンパクトシティ

2050年には基礎自治体で人口増はわずか2%、半減以下が63%、無居住地域は19%になるといわれています。2010年には人口30万都市が61ありましたが、2050年には43になる。じつに18都市が人口減少すると予測されています。

この状況を我々はどのように考えていけばいいのか。単にマーケットが縮退するといった問題ではなく、根本的なまちづくりの在り方が問われていると思うのです。そうした我が国特有の問題と、地球環境問題、つまりプラネタリーバウンダリーを考え合わせると、どうしても江戸に興味と関心がいきます。人口減少社会を前提に近未来の都市の在り方を考える上で、江戸は極めて見事な自律循環・自然共生型都市を確立したコンパクトシティのモデルだからです。

現在は地球の生命圏に一定の容量があることが明確になってきました。すなわち「環境容量」です。「SDGs っていったい何?」とよく聞かれますが「持続的な未来を確実なものとするための、地球に対する人間のマナーブック」であると私は言い切っています。自分たちのライフスタイルまでをも変貌させねば、持続的な未来を創生することは難しいと考えるからです。

そこにCOVID-19がやってきました。世界史を俯瞰すると文明の大転換は、すべからくパンデミックに起因したものであることが分かります。例えば、中世にモンゴル軍が東ヨーロッパに突入した際、結果的にペスト菌をばらまくことになり、当時のヨーロッパ人口の3分の1が病没しました。その結果、教会支配に疑念を生じさせ、例えばルネッサンスを含めた自由な発想の中で人間の将来を考えようという動きが起こり、近世へと移行する契機となりました。また、近世が近代になる上でもコレラというパンデミックが大きく影響をしています。つまりパンデミックは「Transformative change社会的大変容」を引き起こしてきたのです。

そうした観点からCOVID-19と格闘する世界を俯瞰すれば、ようやく同じ危機を共有できる条件が整ったというやや不謹慎な感慨さえ浮かびます。そもそもCOVID-19がなくても、地球環境は大変厳しい状況になっていたわけですから、ここで新たな文明を創造する力がなかったら、プラネタリーバウンダリーという現実に、人類は絶滅の可能性を含めて翻弄されるのではないかというのが私の見方です。

では、どのような選択をすればポジティブな社会的大変容は起こるのでしょうか。ひとつは、ネイチャー・ベイスド・ソリューション(NbS)です。我々人類は地球上の生命圏の一員であるがゆえに、自然をもう一度真正面に捉え、自然を損ねぬ範囲でその力を利活用しながら、社会的共通課題を解決していくというアプローチでしょう。これからの社会は、エシカルライフ、サキュラーエコノミー、シェアリングエコノミーなど、どうやって地球の持続的な環境を守りつつ人間自身のウェルビーイングをも追求できるのかを考える方向に移っていくのではないかと思います。現にマーケットも変化しつつあります。「集団」から「個」へ、「モノ」から「コト」へ、「モノ消費」から「時間消費」へと、大きな転換が起きています。また、コロナ禍でテレワークが広まったことから「固定的定住」から「多拠点居住」という方向に動こうとしています。これらには新たな文明の台頭と、その可能性があるのではないかと思います。

ですから私は、ぶどうのような自律分節型の社会構造がカギになってくると考えています。ぶどうには茎があります。茎は、エネルギー・情報・アクセス・エコロジカルといったネットワークそのものであり、それを通じて豊かで個性あるぶどうの粒を作り出しているのです。これまでの経済優先一辺倒ではなく、生活優先、そして個人のウェルビーイングを重視した社会像がある種の目標であると考えます。産業革命から環境革命へ。人々は自然の恵みに支えられていることを自覚し、我々の生活の基盤には自然の恩恵があることを認識しなければなりません。つまり、「エゴ」イズムから「エコ」イズムに代わるべきだということです。

江戸ではコミュニティの形成と総合的な助け合いがなされていた

自律分節型の社会と一言で申しましたが、その社会実装には望ましい適正規模感が必要です。これまでのような規模感、つまり大きな規模で解決するといった社会構造では、サーキュラ-エコノミーなどの新たな実装は効果が上り難いからです。そこで、おのずと単位を小さくしても適正規模を見出すという考え方が必要になります。そうした構造に適合するのが、人口減少社会とも考えられます。中央と地方という関係ではなく、地方と地方がお互いにネットワークする関係を構築していく。そして、小単位・自己完結型の「生態学的社会生産ランドスケープ」を前提に、自然と共生する社会構造を実現することが重要になるのではないでしょうか。

そうした思考を重ねると、やはり江戸に行き当たるんです。江戸は当時、世界でもっとも高い人口密度と人口規模をもった都市でした。その江戸が基本的な単位として尊重したのがイタリアでいう「コムーネ」つまり「コモンズ」「、まち」です。1744 ~ 47年の間に、江戸には1678町があり、人口は武士階級も含めるとほぼ100万人いました。それでいながら、じつにうまくコミュニティの形成と総合的な助け合いがなされていました。

「大家は店子の糞で持ち」という江戸川柳があります。私はこの川柳が大好きです。店賃を収めるよりも、食べて出したものを肥料として金に変えたほうが、よほど大家の懐を潤したという川柳で、これはサーキュラーエコノミーの極意とでもいうべきものでしょう。

江戸は本当にすごいなと思います。あらゆるものが「勿体無い」という世界で、しかも、それがしっかり維持されていた。狭い長屋でなぜ暮らせるかというと、江戸は火事が多く、どうせ燃えてしまうのだからと殆ど物を置かない。じつにみごとな暮らしぶりでした。

驚くべきことに、さまざまなものを循環させるための悉皆屋(しっかいや)というエージェントがいたり、始末屋(火事の始末、遊女代金の取立てなどのすべての始末を行う)や損料屋(今でいうリース業)もいました。サーキュラーエコノミーやシェアリングエコノミーは、最終的に始末を誰がするのかということが極めて重要です。江戸のこのあたりには、これからのヒントがあるのではないかと考えています。

グリーンインフラをかすがいに「共」を再構築する

これまでは「社会資本の整備」と「国際性を重視した経済活動」の2つがあれば、社会構造としては盤石でしたが、しかしこれからは「NbS」、つまり社会的共通課題を自然資本財の利活用から考えていくことが重要でしょう。生態系サービスの恵沢があってこそ、我々の日常の基礎、例えば呼吸や食が確保される訳ですから。持続的な未来を考えると「自然資本への配慮」が必然となります。つまり、グリーンインフラをつくっていくということです。この3つが揃えばレジリエンスの高い都市ができ、都市間国際競争力もつき、持続的な未来への貢献もできる可能性が高く、且つウェルビーイングな暮らしの基礎的条件が整えられます。つまり「自然と共生する都市」とでもいうべき方向が、東京が向かうべき方向です。ヨーロッパでは近代にいたるまで、城壁の内側には、緑が何もありません。でも江戸は、世界有数のガーデンシティでした。少し歩けば緑がある。この江戸の環境が、非常に重要だったのです。

では実際に、環境と経済が融合したウェルビーイングな社会の創造にどう貢献していくべきでしょうか。まず頭の中に浮かぶのは「コモンズ」です。コモンズは、所有ではなく共有するという概念であり、この概念をもった都市をどのようにつくっていくのか。国土交通省総合政策局でも、グリーンインフラを第5次社会資本整備重点計画に位置づけました。しかしグリーンインフラは入口であって、ゴールはグリーンコミュニティを創造していくことなのです。

ここには「公」「共」「私」の歴史上の変遷も絡んできます。封建時代は、公権力が強かったため、私権が制限されていました。そこで、支配的な「公」から「私」を守るために匿名性の高い「共」というシステムをつくりました。結・町式目・掟といった共の仕組みをつくっていった。ところが戦後民主主義の時代に日本の官僚たちが「公共」と言って、「公」に「共」を取り込んでしまいました。

私は、グリーンインフラをかすがいにしながら「共」の再構築をすることが重要だと思います。例えば、川。どこの川のどこの堤防が傷んでいるという連絡をみんながしてくれるだけで、河川管理には大いに役立ちます。ウェルビーイングな社会を実現するためには、自助、互助、共助、公助の4つが機能することが、次の時代に向かう大きなポイントです。
鉄道をはじめとする交通機関は、今までは一方通行で、放射状に中心のターミナル駅に行くリニア方式でした。でもこれからは、多方面にジャンクションを設け、ひとつひとつのコモンズを繋ぎあわせて、それを対流させていく。このような役割を、鉄道会社が担う可能性は高いのではないかと思います。

自律分節型で適正規模を保ったユニットをどれだけつくりあげ、ライフスタイルを支えるに足る製品やサービスをどれだけ供給できるか、あるいはそれを誰がコーディネイションするのかが問われています。

まとめますと、持続的な未来を支える「環境」と「経済」の両翼をつなげあうことで、「ウェルビーイング(リバブルでヘルシー)」な社会の創造の実現を、先ず都市から目指すことが重要だと考えます。

話題提供
人と川のつながり

国土交通省 水管理・国土保全局長
井上 智夫氏

多摩川流域は都市でも自然資本が残されている地域

東京は、江戸時代から栄え、明治以降に市街地がどんどん拡大していき、東京都になりました。特に戦後の昭和20年から昭和61年あたりの変化は急速でしたが、現在は、この勢いは落ち着きつつあります。戦後の変化があまりにも激しかったので、いろいろな摩擦も生じてきました。だからこのフェーズになった今、都市をどう考えるかが非常に大切です。

水の観点から、流域の中で変化を捉えることもひとつの考え方です。多摩川流域の都市域・市街地の発展を見ると、120年前の市街地はたった5%でしたが、1972年に20%、残りの50年で30%に増えています。これだけ言うと、急激な増え方をしているように思えますが、お隣の鶴見川は90%くらい都市開発されていますので、多摩川は都市域の中でも、かろうじて自然が残されている地域であると言えます。これは、川を活用していくときに、忘れてはならない点でしょう。多摩川下流域に住んでおられる方が、身近にある多摩川について、奥多摩から流れてくることは知識として知っていても、それが体感としてわかっているかどうかがポイントです。

見える化することで課題が実感できる社会に

多摩川の上流、山梨県甲州市の大菩薩峠のあたりは、1920年頃はとても木が少ないんです。当時のエネルギー源は石炭・石油ではなく、山にある木でした。そこで山梨の奥までエネルギー源としての木を探しに行き、伐採し、これが江戸や東京の活動を支えてきたんです。そしてその分、山が荒れていました。これを戦後、植林などを進めて、東京都の水源として守ってきました。昔は良かった、昔に戻そうとよく言いますが、きちんと歴史を知り、どこに戻すのかをよく考えることも重要です。今であれば、しっかり管理しているところはそのままでいいですし、逆に荒廃している森林をどうするのかを考えることが大切です。

かつての多摩川のいちばんの課題は、水の汚染でした。1960~70年代は、ゴミや泡が溜まり、匂いも見た目もひどい状況でした。今は、安心して遊べるし、鮎も遡上する川に戻りました。もちろんこれには、生活者のたゆまない努力がありますが、行政としても、ある程度システムを構築してきました。汚染されたものがなぜ戻ったのかを見える化し、広く知ってもらうことは、今後のためにも重要です。

こうしたことを考えていくうえでわかりやすい事例が、糞尿の活用です。江戸時代には、糞尿の活用が経済として成り立っていて、大変価値があったのです。しかし現代では、要らないもの、不衛生なものだとして、排他的な扱いをされています。でもじつは最近は、燃料、肥料、リンの抽出、熱の利用など、しっかり下水の資源化が行われているんですね。ただ、このような資源の循環は行政が取り組んでいて、一般の方には実感がない社会になってしまっています。そこが問題です。だから、大規模集中型の処理ではなく、小規模分散型の処理にして見える化するほうが、もっと身近に感じられるのではないかと思っています。

公共私をあらためて考え直す

また、2年前には令和元年東日本台風がありました。これは非常に大きなインパクトでした。

堤防から水が溢れた二子玉川駅の周辺では、堤防が未整備だった場所の被害が注目されました。しかし、多摩川全体からみると、これはひとつの側面に過ぎず、もう少し広い視野で原因や対策を考えるべきです。二子玉川地区では、さまざまな対話のプロセスが進んでいますが、これがとても重要だと考えています。特に多摩川の場合は、流域の人口が多く、災害から人の命を守ることが優先的な取り組みです。経済、生活、環境への影響とリスクを科学的に分析し、その上で対話の場を通じて理解を深め、整備に活かしていく。その点で、行政もお手伝いしていきたいと思っています。

さきほど涌井先生が、公と共がいつのまにか公共になってしまったということを話されていました。私たちも、河川管理者という、安全を確保するために権限を与えられている人が、あまりにも空間を独占的に使っているという課題は感じています。そして、今はそういう時代ではないだろうとも思っています。そこで現在は、いろいろな方と空間を共有していくことから始めています。民間事業者にビジネスをしていただく、あるいは活動団体に活用していただくなど、バッファ―的な使い方をしてもらうことで、さらなる河川の魅力の向上ができるだろうと思います。分断することなく、面的に捉えていく形でどんどん進めていきたいです。

二子玉川駅周辺でも、こうしたことを今後進めていく必要があると思っていますし、上流の聖蹟桜ヶ丘では、まちづくりと一体になった「かわまちづくり」という取り組みが始まっています。地域の個性があっていいので、そこに住む方々が地域に愛着をもち、どんなまちにしたいのかを粘り強くお聞きしながら、行政としてしっかりご協力していくという形で進めています。

かわづくり・まちづくりに大切なこと

最後にまとめますと、人と川のつながりを踏まえたまちづくりでは、まず川のことや流域のことを「知る」という基本的なことを進めていくことが大切だと思います。多摩川流域に限らないことですが、昔に戻るだけでなく、科学的な評価や有識者の見解も交えて知識を深め、未来を考えていく必要があります。

そして、かわづくり、まちづくりの「活動」をしっかり推進していくことです。こうした活動は、多様な価値観を認め、多様な関係者が連携し、利害関係を調整するところから始まります。本日のような会を通じて、広くいろいろな方に知っていただくことも、重要だと思います。

行政としては、人と川とのつながりを流域水循環マネジメント、流域治水、上下流交流など、いろいろな形でつくっていきたいと思います。公・共・私を含めた形で、関係性を見える化するお手伝いを専門家の方々と一緒にやっていきます。その中で、公・共・私の関係をどのようにつくっていくのかを伺って、リソースの配分や手段を用意していきたいと考えています。

フリーディスカッション
まちの新しい
地域循環を考える

まちにおける自然災害との向き合い方

これまではハード整備を中心に災害対策を行ってきたが、それだけでリスクをゼロにすることは極めて難しい。治水は河川管理者だけではなく市民のものであることを前提に、今後は「賢い」土地利用や、さらなる知恵と工夫が求められるだろう。

三木東京都市大学は、令和元年東日本台風による浸水で、十億円をオーバーするような損害がありました。直後に知り合いから、明治時代の地図が送られてきました。都市大の建っている土地はもともと田んぼで、住める場所ではないということでした。洪水被害の痕跡が消えないうちにと考え、大学ではすぐに学生も動員し、周辺の調査をしました。それが今、世田谷区などの整備計画などに活かされています。

被災して気になったのは、土地利用の変化や整備の速度です。よく見ると、都市大の前の信号機の柱には、想定浸水深4mと書かれている。いちばん被害が大きかった寮は5mでした。そもそもリスクが高いことを知りながら、建物や住宅がどんどんできています。

洪水制御がかかる場所の土地利用の変化とその整備をどう考えていくのか、その際に公と共のバランスはどうするのかが気になるところです。

井上洪水を代表とする自然災害と土地利用の問題は、アジアモンスーン地域の宿命です。どこの国もまだ決定的な方針ができていないまま今日を迎えています。

東京を例にすると、江戸で問題だったのは、神田川と隅田川でした。100年前に大洪水があったことを踏まえて、荒川という人工河川を隅田川の外側につくった。その結果、湿地だった東京の下町あたりの土地利用が安全にできることになり、土地利用が進んでいくんですね。ところが、リスクがゼロというわけではないのでそのしっぺ返しがいつかはくるということなんです。

都市大の尾山台~玉堤あたりも同じで、長い間、災害はなかったけれどもリスクがゼロになったわけではない。尾山台まで上がった国分寺崖線の上になると、多摩川の氾濫の影響は受けないのですが、そこに土地利用上の境界が設けられないまま発展がなされていきました。都市が拡大することで、洪水被害の激化をもたらしている側面があります。

また、ジレンマとして安全にすればするほど経験値が少なくなり、レジリエントでなくなったところに災害が起き、大きな痛手を受ける面もあります。この悪循環を断ちきりたいということで昨年から取り入れたのが「流域治水」の考え方です。

東京の場合、住むときにはもう少し「賢く」土地利用をする必要があると思います。平面的な空間利用だけでなく、高さを利用する。例えば、1階は駐車場やピロティ※1にして、2階や3階以上に住む空間をつくる。今後の多摩川流域に対しても、高さの活用を模索していきたいと思っています。令和元年東日本台風の際には、高い建物に住んでいることがかえって弊害になったという結果もありましたが、ここは技術的な検討で乗り越えられると思います。

※1 1階部分を柱にした建築形式

涌井これまでの水行政は、堤外地(堤防に挟まれて水が流れている側)にしか行政権限がおよばなかったというのが大きな問題でした。今は、堤内地(堤防によって洪水氾濫から守られている住居や農地のある側)と堤外地をしっかりつないで考えていこうという動きが出てきています。そのきっかけのひとつに「エコロジカルネットワーク※2」という考え方があります。河川は、水が流れる河道の機能だけではなく、さまざまな生き物が往来する回廊、いわば高規格道路のような機能をも、もっています。そこがもうひとつ、生物多様性を考え、河川を評価するうえで重要なポイントとなります。

関東でいえば、「関東エコロジカルネットワーク」という形で、利根川・荒川・江戸川などの河川軸と堤内地含めて10年以上をかけ一体的に議論し、かつそれに基づいた河川の整備を進めています。こうした取り組みが多様な生きものを保護・保全・再生する具体的な効果が認められていることから、全国的にも広がりつつあり、ようやく水行政が堤外地と称される河川と、我々の居住や耕作地である堤内地をつないだ議論を起こし、それに基づいた両者の連携が具体化しつつあります。

※2 森林や農地、土地内緑地、河川、海など、野生生物が生息・生育するさまざまな空間がつながる生態系のネットワークのこと

三木追加すると、台風のときに最初にきた水は環八方面からきた雨水で、多摩川は決壊していません。多摩川の治水だけを心配していればいいわけではない。だからいろいろなところで、今まであまり気にしていなかったような議論が起きています。世田谷区の区長さんとの議論では、公園や建物の屋上などを使用して貯水していく動きがあると伺いました。

井上今のお話のとおり、各家庭や施設の方々にご協力いただいて、少しでも雨水を貯めていただくという貯留の話が進んでいます。ひとつひとつは規模が小さくてあまり意味がないように思えますが、これも数が多くなると、非常に大きなものになるんですね。もちろん、自治体や企業の方には、大きな雨水貯留槽をもっていただきたいと思い、お願いしています。その際は当然、国として補助はさせてもらいますし、管理が難しい場合は代行も考えています。じつは東急さんにも渋谷で貯留していただいています。

紺野オランダには「ルーム・フォー・ザ・リバー」というプログラムがあります。彼らはかつてはどんどん水を外に出して、乾いた土地をつくろうとしたんですね。でも今はアルプスの雪が解けて氷河が解け、内陸から水が入って洪水が起きるようになりました。そのため今度は、どうやって水を貯めることができるかを考えているのです。つまり水行政の考え方を180度変えているんです。

そのときに大事なのは市民の参加です。サステナブルになることについてコンセンサスがつくれる市民意識の醸成が、オランダの場合は何世紀にも渡ってすでに行われている。地域循環を考えるときに、日本の場合は、そこがボトルネックになっている気がします。

井上令和元年東日本台風では、江東デルタ(荒川と隅田川に挟まれた海抜ゼロメートル地帯)が浸水してしまうことを心配していました。東京都内では約300万人が江東デルタで暮らしています。この方々を台風が来るまでに安全な地域へ避難をさせるのは、考えられないわけではないですが、現実的ではありません。

だから、高いところにお住まいの方には、備蓄をしっかりしていただいて在宅避難をお願いし、低地に住んでいる一戸建ての方は、近くに高台を設けて逃げていただく。それが難しい方は、遠くへ逃げてもらう。このように、大浸水地域では、命を守る観点から多様な分散避難を進めていくことに取り組んでいます。ただ東京の場合は、経済活動の拠点ということもあり、実現が難しい側面も正直あります。多摩川流域もそうですね。

緻密なリスクを評価して、5年や10年に一度くらいは浸水地域がどこかわかるデータを出していきたいと思います。そこは住んではいけないとか、工場や学校には使わないようにするということが、データを見ればわかります。そうした知識をもつことが、市民の賢い治水につながる。治水は河川管理者のものではなく、市民のものであるという前提で取り組みたいです。

合意形成と再生可能エネルギーの可能性

合意形成が課題であり肝要。自然の前では、個々の主張の違いは関係なくなり、社会生活基盤を共に守ろうという市民参加を通じた合意がされていく。
また、日本の森林資源は巨大であり、それに伴う再生可能エネルギーにもポテンシャルがある。

多摩大学大学院/Future Center Alliance Japan 紺野氏

紺野市民同士が、自分の暮らしている土地の災害リスクを別の土地のリスクと交換し、協力し合うネットワークがオランダなどにはあるようです。例えば、エネルギーのairbnbのようなものがあって、農家が風力発電したエネルギーを市民が買えるプラットフォームがある。国としてはオープンプラットフォームのようにする考えはあるのでしょうか。水というものも、市民のネットワークで解決できるということはありえるのでしょうか。

井上今のところそこまで考えが及んでいませんが、多摩川などで実証実験をしていくことには、積極的に取り組んでいきたいです。また一方で、治水には利害関係がどうしても出てしまいます。自分のところを助けようと思ったら、ほかのところにしわ寄せがいく。こうした不利益の配分をどうするのか。それは今後、より市民レベルでの調整が重要になっていきます。

日建設計 奥森氏

奥森我々が都市づくりにいろいろな形で取り組む中で、これからの社会のいちばんの課題と考えるのは、やはり合意形成ですね。その合意形成をどんなふうに進めていくのか。その中で「不利益配分」という言葉は非常に印象に残ります。利益・不利益を含めての合意形成をデータで見える化していくこと。それに加えてデータの共有が重要だということを、今の話を聞いて感じました。

また涌井先生のお話に出ていたマイクロコモンズは確かに重要だと思う一方、特に再生可能エネルギーの議論になると、マイクロコモンズだけでは解決しない二面性があります。ローカルで解決するべき課題と、もう少し広いエリアで解決する必要のある課題の両方が我々に与えられている気がしました。そこをグリーンインフラ(自然環境が有する機能を社会におけるさまざまな課題解決に活用しようとする考え)でつなげるというお話だったかと思いますが、このあたりのお考えをもう少し詳しく伺いたい。

涌井グリーンインフラでいちばん重要なのは、自分たちの社会生活基盤なので自分たちで守ろうという合意形成がいかにできるかです。これが東京の再構築と関係するのではないかと思います。

そこで4年前に、さまざまな論議を経て、まず都市公園でその方向を模索しようと公園PFI法を制度化したのです。民間の資本が都市公園に参画することによって、今まで停滞していた公園という公共物が、生き生きした魅力あるものに変わる法律です。

結果、公園の手入れやマネージメントを手助けしたいという市民が数多く出てきました。この動きの興味深いところは、お互いの個性や違いが、植物や生き物を目の前にすると理屈抜きとなり、価値の共有の前でワンチームになりやすいことでしょう。自然の営みや人々の公園ライフを楽しむ姿の前に、みなさんがそうした違いなどはどうでもよいという自然体になるんですね。だから、こうした参加の形態が、やがてはコモンズのような地域感にまで高まる可能性が大きいのです。

例えば、コウノトリやトキを呼び戻そうと人々が一体となって人工巣塔をつくり、子どもが産まれればまちをあげて喜ぶ。そうした活動の経過では個々の主張を乗り越え、地域人として考えることができる。そういうところから合意形成し、つながっていくのが大事だと思います。

小宮山エネルギーは、昔に戻るノスタルジーでなく、新たな変動への対応がポイントだと思います。

日本の再生可能エネルギーは、今の発電総量で約1兆キロワットアワーです。でもじつは太陽光発電だけでもそれぐらいのポテンシャルがあり、風力、水力も相当あります。ただし、この割合は地域によって変わります。東京電力管内で6割ぐらいのポテンシャルをもっているのは家の屋根。屋根にソーラーパネルを置くべきなんです。そして、(送配電網を)分散型の構造にしていく。そうしたら、東京電力管内でも再生可能エネルギーでいけるだろうと思います。

このあたりは、政府のゼロカーボン宣言により、ものすごく速い動きになってきています。環境省が今年、200億円ほどの脱炭素の予算をつくりました。日本全体として脱炭素を進めていくには、里山も含めて森を使い、プラスチックはバイオマスからつくるようにすればいいんです。

今、日本の林業の生産量は3500万トンですが、これでは足りません。できれば1億トンを目指したい。現在は、人工林が45%で自然林が55%です。そこで、人工林を光合成の正味の成長分くらいは毎年伐って、30年くらいで循環させるようにすると、1億トンは取れます。その半分の5000万トンは材木になって、これで木造住宅が自給できる。残りのさらに半分の2500万トンの木材チップからはプラスチックができます。

2050年には、石油化学がバイオマス化学に代わると思います。金属は都市鉱山で循環させられるし、エネルギーが再生可能エネルギーになったら、日本はエネルギーと資源の自給国家になれるんです。これを視野に入れて、多摩川の周辺の設計を考えていきたい。

涌井日本は、排出源の問題ばかりを挙げていて、吸収源の話は誰もしない。小宮山先生からそのお話をしていただいて、非常に嬉しかったです。日本の森林の吸収量が、潜在的にものすごいことはご指摘のとおりです。3500万トンの木材に森林土壌も含めると、かなり吸収量のポテンシャルがあります。ただし問題なのは、現在の森林は高齢でメタボだということです。高齢になると、代謝量が落ち、吸収量は少なくなります。ですから「更新」というのですが、伐って・植えて・育てるという施業を継続的に行ったり、吸収量が多いエリートツリーという品種に植え替えたりする必要がある。桐なんかはどんどん成長するので、植え替えていけば日本の吸収クレジットは相当の量になります。花粉アレルギーもなくなるかもしれません。

小宮山森林は日本の巨大資源です。これまで諸外国に払っていた石油代が森林資源を有する地方に落ちるようになれば、再エネとバイオマスと農業で地方に50兆円が生まれます。そうすると、地方にビジネスが生まれ、地方創生にもつながります。

コクヨ 黒田氏

黒田このままどんどん人口が減り、地方のまちがなくなれば、東京もその影響を受けて大変なことになる可能性が高いと思います。私は、得たければ先に与えることとそのような仕組みをつくることが大切だと思います。

さきほどコウノトリの話が出ましたが、私はコウノトリのまち・豊岡に何度も行きました。コウノトリを戻すには、田畑で農薬を使わないようにしなければならない。じゃあ、どうやって農家の応援をとりつければいいのか。そこで、生産性は落ちてもおいしいお米を開発するから、コウノトリが戻ってくるような畑づくりをしてくれとお願いし、有名なコウノトリ米ができたんです。これが大変おいしいということで、大成功しました。価値を高めることで単価を上げることができ、生産量は増えなくてもよいとする。これは生産性を重視する現在の日本とは真逆の発想です。

地方にどう協力を取りつけるかを考えるとき、一方的にお願いばかりするのではなく、出すものは出して還元していくことが重要だと思います。

公共私の位置づけを再考し、土地利用を促す

日本は、多くの資源をもちながら、そのポテンシャルを活かしきれていない現状がある。
経済とエネルギーの両面から土地の財産権の問題を捉え、公共私の位置づけを考えながら資源を活用していくと、本当の意味での循環型社会が見えてくるだろう。

ランドスケープアーキテクト/東京都市大学 涌井氏

三菱総合研究所 小宮山氏

涌井日本の山は急峻だといわれていますが、世界でもっとも採算が取れているオーストリアの山と比べても、大きな差はありません。違いは、急峻な斜面を駆け上がって木を切り、丸太にすることを一度にやってしまえる大規模な機械の開発が遅れているということです。本来は、日本の企業がつくる農機具や重機の能力はすごいんですよ。でも、森林に関する大規模な造林機械については遅れている。これができれば、相当の可能性が出てくると思います。

小宮山オーストリアやスウェーデンで機械で木を切っている写真を見せながら、メーカーの方と話したことがあります。そうしたらなんと「これはうちの商品です」と言うんです。同業他社にも、日本に合う機械をつくってほしいと打診したんですが「500台発注してくれたらつくります」と言われました。需要がまとまらないと企業は動けない。そのあたりは国も一緒にやれば、動くのではないかと思います。

涌井吸収源のクレジットをつくって、民間企業がその吸収源を売ればいいんですよね。すると森林を持っているだけで価値があるということになる。

小宮山あちこちにある所有者不明林が、九州の面積を超えたそうです。今に、北海道の面積を超えていきます。これではどうしようもないので、最後には首長の指示で不明林は切っていいとなるように法律は変わっているんです。すでに3年前に、土地と森林の所有権を分ける法律はできて、市町村や林業経営者が管理をできるようにもなっています。 法律は変わりつつあり、技術もある。

国土交通省 井上氏

井上所有者不明の土地の問題は、また法律改正する予定です。経済的な面と、エネルギー循環の面から土地の財産権の問題をとらえ、公共私の位置づけを考えていかないと、いずれ破たんが来るように思います。エネルギー・資源循環・脱炭素の計画について今は地方自治体単位で考えています。でもこれからは、自治体間の相互性が見える形に変えた計画をつくらないと本当の意味での循環機能は見えてきません。そこは国が取り組むべき問題だと思っています。

それから、森林のほかに水道という資源もあります。これも取水・送水にものすごいエネルギーを使っている。たとえば横浜市は、街が丘陵地に向かって展開したので、水道上水を丘陵地に上げるために、エネルギーをどんどん使うことになりました。これまでの循環機能の改善を進めていかないと、ずっと負荷のかかった状態を続けていくことになります。その点で、多摩川であれば自治体単位ではなく流域単位で、再構築も視野に入れて考えていくことが重要だと思っています。

三木木材の利用について、25年ほど前に建設省が主導して委員会をつくり、取り組んだことがあります。林野庁も同じような委員会をつくり、検討していました。コンセプトは「間伐材をどう使うか」でした。あの頃から森は間伐材だらけで放置されていた。議論を重ねて、いろいろな需要を発掘しました。ただ、技術的には解決方法を見つけたけど、結局広がらなかった。最終的には採算が取れないというのが理由でした。木橋はつくられましたが、その多くは輸入材でした。しかし今、かなりの高層建築が木材でつくれるようになり、25年前に議論した頃とは、状況も変わってきていると思います。だから少しサポートすることによって、間伐材の需要は出てくるのではないでしょうか。

涌井昔の治水は地産地消で行われていました。例えば、武田信玄が近隣の木材や石を用いて「牛」と呼ばれる制水装置を川に投入し、河川の流速を緩和させていました。そのような日本独自の治水工法は、相当量の木材を使うので、ぜひ試していただきたい。木材は建築だけでなく、土木のような公共事業でも使えばいい。

井上そうですね。奈良時代の木簡は、地下水の中に保存されているものが今でも腐らず残っているそうです。木材は、近代的な素材に負けないくらいの強度をもっているので使わない理由はありません。数年前にできた森林環境税などは、まだ使い道がはっきりしていません。せっかく国民から1000円もいただいているので、これを資源循環などに使っていけたらいいですね。

小宮山建設国債を発行して、送配電網などのインフラをつくったらいいと思うんだけどね。

東京都市大学 三木氏

三木確かに、世代間で負担していければいいですよね。ここを国としてサポートしていけば、一気に変わっていって広がると思います。

小宮山脱炭素だと言われたら、石油は当然使えなくなります。でもプラスティックは必要だから、結局はバイオマスに行き着くんです。思いきって「石油を買わない」ということを決めれば、食料系の廃棄物でも使おうということになってくるでしょう。バイオマスは循環の議論とは非常にマッチするし、ぜひ積極的に取り組んでいってほしいです。

鍵は自律分散型の都市

まちの中心は、そこで暮らす人である。誰もが暮らしやすく働きやすい場を提供することが、自律分散型の都市を目指すうえでは重要となる。人々を動かしていくのは「理解」や「共感」。共感を行動に移せるまちであれば、そこには新しいクリエーションが生まれるだろう。

涌井少しずつ、今まで不可能だと思っていたことが可能になっています。たとえばジョブ型雇用や二拠点居住など、当たり前になりつつありますよね。これまでは所有にばかりフォーカスしていたけれども、今は所有から利用への転換が起きています。江戸の損料屋※3みたいなことを東急がやれば、さらに進むのではないかと思いますよ。ただ、あまり進むと電車に乗る人が少なくなるという問題はどうすればよいかわかりません(笑)。

※3 鍋や衣服、布団などを一定額で貸し出したリース業

カルチュア・コンビニエンス・クラブ 天川氏

東急 髙橋(和)

東急 髙橋(俊)

髙橋(和)私も、コロナというよりもそれ以前から自律分散型の都市が注目され、価値観が変容していると感じていました。例えば、自宅からは出るけど周辺で働いて終わる。あるいは、鉄道には乗るけど渋谷までは行かないで、沿線内で移動してテレワークを行う。または渋谷まで働きに行くなど、さまざまな働き方が出始めていると感じております。在宅勤務が増えれば、家の中の居住環境をそれに合わせる必要が出てきます。あるいは、駅までは行くという人がいるなら、駅回りでテレワークができる場所の環境整備をする必要があるでしょう。少しでも鉄道を利用して移動するとしたら、小さな移動を取り込むシステムやサービスが必要です。働き方も含めて、生活の仕方もいろいろな意味で変わってきます。

そうすると、確かに鉄道の利用は若干減るとは思いますが、新たな利用方法で新規の需要を生むこともできるのではないかと思っています。最近は、東急沿線の駅周辺の散策をするミニ観光事業(マイクロツーリズム)が盛り上がっています。今までスポットが当たらなかった神社などが、行ってみたら素敵だったと見直されたりしているんですね。また、ウェルビーイングに関する良質な企画や本質的な商品を提供すると、今はなかなか海外まで行けないこともあり、それが多少高額でも必ず反響があるんです。

コロナ対策をし、安全に行動することは2年間で身についています。そこから一歩先に出て活動したい人々に我々が寄り添い、手を差し伸べていくことが必要なのではないでしょうか。 2022年はそんな局面を迎えるんじゃないかと思っています。

髙橋(俊)東急では、自律分散型の都市をつくっていこうと、コロナ前から構想を進めてきました。それまで、沿線の開発はどこを切っても同じ金太郎飴だと言われていたんですね。でもやっぱりそれではダメで、沿線の中でも、それぞれの拠点にそれぞれの特色やテーマ性をもたせることが自律分散型の都市をつくることだと思います。

特に、まちの最大の資源は人です。駅を中心としたハードの拠点づくりだけでなく、人と人のつながりやコミュニティをどう活用していくかということを考えており「nexus(ネクサス)構想」と名づけて進めます。我々は舞台づくりをやるだけで、実際に中身を考えるのは住んでいる人であり、行政の方々です。これからのまちづくりはそういった観点で進んでいくことを期待しています。

舞台をつくることで人が動く。動くことで経済も動いてくる。経済が動いてくれば、そこでいろいろな事業をやっている当社もまた動くことができるはずです。そういうことを繰り返して、循環型社会に向けてまちづくりを進めていけたらと思います。

天川弊社の観点でも同様に、循環を生み出すときにはコミュニティや人が財産だと思っています。たとえばESG(環境・社会・ガバナンス)のSについて、コミュニティづくりとそのマネタイズの構造などが注目されていると感じています。

意識を変えるきっかけは「理解」や「共感」です。コロナによって家にいる時間が長くなり、海外旅行に行けなくなった分、家族や仲間とどうやって過ごすのかが大切になりました。例えば、食に対する意識も変わり、無農薬で手づくりで生産者の顔が見えるものを子どもに食べさせたいという人が増えています。このように、関係性を大事にする人が増えていますが、その価値観が変化した背景には「共感」があると思います。モノからコトへという変化の象徴ではないでしょうか。そのような共感を行動に移す牽引ができれば、地域の循環を生み、それがさらなる共感を呼んでまた人がつながり、新しいクリエーションにもつながるでしょう。

でもこれは、企業が率先して仕掛けるということでもありません。弊社では図書館も運営させてもらっていますが、はじめは僕らがイベントなどを仕掛け、それを通じ新しい価値観や体験を提供していきますが、実際はその後の市民活動が大事になります。企業がやるべきは、市民が自発的にやりたいと思う機会づくり(体験)と、やりたいことができる場を提供していくこと。すると理解と共感が深まり、自然と循環が生まれ広がることにつながります。そして、それを経済性とリンクさせ、発展につながることに貢献できたらと思います。

市民が持続可能な未来に貢献できる
まちづくりとモノづくり

外部不経済を内部化するためには、市民の共感を生み出すストーリーが大切になる。
少品種大量生産から多品種少量生産へ。
感性価値を加えることで判断基準は変わり、市民が持続可能な未来に貢献できるまちに、自然となっていくはずだ。

涌井忘れてはいけないのは、外部不経済を内部化することでプライスが高くなる製品があることです。内部化し、消費者もこれを当然として買うようになる。このメカニズムをしっかりつくれば、市民が持続可能な未来に貢献することにつながります。この啓発をどのように進めていくかが大切です。「通常より30円高いけど、環境に負荷をかけない鉛筆を買おう!」というストーリーに、どう社会構造を変革するのかが大事だと思います。

黒田そのとおりです。我々も、長い時間をかけて安いものにこだわり、効率化の競争をやってきました。でもそこにあるのは、市場原理だけなんですね。誰かがまだ売っていないところに売りに行こう。まだ店が出ていないところに店を出そう。日本中、そればかりをやり続けてきたから、どこに行っても同じようなものばかりになってしまった。

今、コクヨでは、取り壊される校舎などの廃材を使った鉛筆をつくる応援をはじめました。「再利用は大事やな」と考えてくれる学生やお子さんが増えてきているのは事実です。でもこれって、それをやる努力を各企業がしない限り、絶対に出てこない商品なんですよね。

昨年、品川港南に建つ築40年以上のコクヨ自社ビルがグッドデザイン賞の金賞をいただきました。理由の一つは、築40年の古いビルを現代的に変えた手法。二つめはインハウスデザイナーを中心とした横断型プロジェクトとして社員が自らチャレンジしたこと。三つめは、地域に開かれたものであったことです。建築事務所にもお世話になりましたが、ほとんどを自社内でチャレンジしたことが金賞の理由でした。つまり今は、見た目がきれいとかテクニックとしてDXが入ったオフィスではなく、手づくりが評価される時代なんです。

小宮山30円高くてもこっちを買うというメカニズムが成り立つには、小さい単位であることが重要だと思います。マクロ経済的にみると、安いものを買うほうが全体としてうまくいってしまう。でも地域のような小さい単位ではそんなことはない。そこが鍵です。そのような構造をつくることが正しい方向だと思います。

東急 髙橋(和)

三菱総合研究所 岩瀬氏

髙橋(和)単純に経済効率だけを考えるよりも、社会価値と経済価値をどう両立させるのかという視点に進むべきだと思います。当社の沿線にも、環境問題について何か取り組みたいけどやり方がわからない、あるいは、その入り口がわからないという方はたくさん住んでいます。その方々とコミュニケーションを取って、共感を得たうえで事業を進めてみる。例えば、家賃がほかより1000円高いけれども、再生可能エネルギーで全部賄えるマンションだということをしっかり伝えれば、その方々が誇りに思い、社会貢献しているという意識の中で住んでいただくことができるはずです。お互いウィンウィンのビジネスは、必ず成立していくと思いますし、そこがある意味で、東急のこれからの挑戦だと思います。

岩瀬企業行動や消費者行動にどう社会的な価値を与えていくかということだと思い、興味深く伺っていました。社会的価値に関連して、現在は、3つの変化があると思います。

一つめはコロナの影響です。コロナによって今まで起こっていた変化がさらに加速しました。テレワークはその典型です。あるいは、今までのやり方がまったく変わってしまいました。集中して効率を上げることができなくなり、新しいやり方を考えなければいけなくなりました。そして、今までの価値を再発見することもできました。テレワークが日常になったことで、リアルで会うことの価値を再認識した人も多かったように思います。このような変化をコロナはもたらしたと思います。

二つめは、ESG投資が急速に広がっていることです。企業は、経済価値だけでなく、社会価値、非財務価値を高める動きをする必要があり、これが大きな流れとして浸透してきていると思います。

三つめは、カーボンニュートラルおよび資源循環の実現への動きが強まっていることです。

これらの変化の中で、今日のテーマである新しい循環、企業や消費者の新しい価値観に基づく循環が生まれてくるのだろうと思います。

涌井例えば、ただの白玉団子があって、それをおいしくするためにあんこをのせたり、きな粉をかけたりといろいろな味付けをします。その行為こそがビジネス化につながるものなんですね。そのとき、今まではモノの価値で決まっていたものが、感性価値のようなコトの価値に傾いていく可能性は極めて大きいです。

おそらくこれからは、少品種大量生産でコストダウン、プライスダウンを図る単純なリニアエコノミーから、多品種少量生産にコトや感性価値が重なった消費が主流になっていくでしょう。そうなると多少コストアップ、プライスアップになってしまいますが、例えば、安いから買うではなく、楽しいから買うというふうに変わっていくでしょう。

黒田ものづくりは日本の強みだと思います。最近は技術が発達して、ボタンを押すだけでなんでもつくれるようになりました。それは悪いことではありません。ただ、ボタンを押すだけで自分が何をつくっているのかがわからないということが問題だと思っています。例えば30円高い再利用の鉛筆をつくっているのか、大量生産で、どこの木材なのかもわからないものをつくっているのか、それがわからない。

コクヨでは、多くの企業に協力してもらい、パンデミックの影響でオフィスに来られなくなった人たちに「家で何をしていますか?「」仕事をどう思っていますか?」と聞く調査をしました。すると「私たちは、今まで会社で何をしていたんだろう」といったことがよく話されているんです。コロナになったことで「大事なものをなくしていたのでは」とみんなが感じているんですね。

経営者が、30円高い鉛筆をつくろうと決めること。モノづくりをしている人たちが、そこに新しい価値を感じながらつくること。それができる会社が、徐々に増えつつあることは日本の希望ではないかと思います。