2012年5月23日、第三回クリエイティブ・シティ・コンソーシアム総会の終了後、慶應義塾大学SFC環境情報学部で実世界指向情報環境、インタラクティブメディア、メディアアートの研究活動を手掛けられる筧康明(かけひやすあき)准教授にお越し頂き、「デジタルメディアで拡張される実空間のデザイン」と題してご講演を頂きました。
開催日時 | 2012年5月23日 17:30~18:30 |
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開催場所 | 二子玉川ライズ・オフィス8F カタリストBA |
【講演録】
二子玉川には、学生時代以来久しぶりにきたが、かなり環境が変わっていて驚いた。本日は、研究者として、またクリエーターとして進めてきた様々な取り組みをご紹介させて頂きたい。そのご紹介から、今日御参加の皆様とも何かのコラボレーションが生まれると非常にうれしく思っている。
大学の研究は大きくいうと「インタラクティブメディアの開発」ということで、インタラクティブメディアを駆使した情報表現について研究・開発をしている。情報工学のエンジニアとしての観点と、クリエーターとしての観点と、ふたつの観点から取り組んでいる。
「インタラクション」というと、一般的には、コンピュータと人(ヒューマン)とのインタラクションが、ここ50年あるいは100年と、中心的に語られてきていたが、ここ最近で少し変革が生じてきていて、「コンピュータと人」ではなく「人とリアル世界の関わりをコンピュータが繋ぐ」というインタラクションの構図が出てきている。背景には、タッチパネルのような直観的な操作が可能なデバイスが、アイデアベースではなく実生活の実利用の画面で浸透してきたことや、ゲームコントローラーなども直観性・身体性に基づいて操作できるもの(情報を意味ではなく体で直接とらえることができるもの)が登場してきたこと、などがある。個人的には、これらの新しいインタラクションから、人の行動や考えにどのような変化が起こせるか、というのが興味関心のテーマである。
学生時代、携帯電話ではi-modeがでてきた時代だったが、そのころから、「コンピュータとのコミュニケーション」というものに少し違和感を感じ、「コンピュータがリアルのコミュニケーションを助ける」仕組みについていろいろと考えていた。たとえば
- (スクリーンやプロジェクションで)窓や壁に、その場所の情報が表示される仕掛けを通じて、「その場所の記憶や思い出」を、場所自体が覚えているような見せ方ができるのではないか
- 例えば国技館で、土俵の空間に(スクリーンやプロジェクタ等で)昔の大一番を投影し、過去起こった一番をその場でもう一度ライブ視聴させる、ということができないか
- 街の中で、「たまたますれ違ったり、たまたま隣同士になっりしたこと」ことを、投影映像等を通じて強調して可視化することにより、本来だったら発生しなかったコミュニケーションを発生させるようなことができるのではないか
など、を考えて、イメージシーンのイラストを書いたりしていた。
デジタルメディアによるコミュニケーションの発達について、「いつでも・どこでも」ではなく「いまだけ・ここだけ」というように、時間や空間を広げていくのではなく、「その場」「その時」に強度をもっていくようなかたちを目指したい、と考えていた。
作品紹介① at<case edo-tokyo>
http://www.plaplax.com/legacy/artwork/minim++y.kakehi/at-e.htm
東京の航空写真が床面に投影されており、その上を人が自由に歩けるようになっているが、人が歩きに反応して、歩いている足元部分のところだけが江戸の地図にかわる。また、人の「足跡」が、投影空間に入ってきた方角の十二支(さるやネズミなど)の足跡として表示される。二人の人が投影空間ですれ違うと、すれ違ったことによって「十二支」の動物がぱっと投影画面に現れる仕組みになっている。
展示空間を観察していると、「(航空写真や地図などに興味があって)じーっとみている大人」もいれば、「(自分の行動に反応して映像が変わることが楽しくて)元気に遊んでいる子供」などいろいろな人がいる。作品への参加の仕方が全く違う人がひとつの空間のなかですれ違うことによって、「動物が現れる」というサプライズが起こる。実世界をベースにして、デジタルメディアにより意味や関係性を強調させることにより、幅のあるインタラクションを引き出すことができている。
上記の作品のなかでも気をつけたことだが、コンピュータとのインタラクションではなく実世界と人とのインタラクションにおいては、
- デジタルメディアで新たな「実世界」をつくること
- モノとコトとを融合させること
- 自然なかたちのインタラクションの演出(「参加」のハードルを持たせない)
- メディアに幅を持たせる(余白を残す)こと
などが重要だと感じている。
作品紹介② Lumisight table
http://nae-lab.org/~kakehi/Lumisight/
ディスプレイをどの方向から見るかによって、同じディスプレイで別々のものを見させることができるディスプレイ。たとえば、ある人が座っている方向からは日本語で表記されている画面が、別の人が座っているところからはフランス語で表記されている画面に見える、といった仕組み。「非対称性のあるメディア」を使いながら人と人がコミュニケーションをすることで、どのような新しいコミュニケーションが生まれうるか、という観点での取り組みとなっている。
作品紹介③ Murmur sky
http://www.youtube.com/watch?v=QHNTlegPFVo
天井部におおきな円形のスクリーン設置、その外周6箇所に指向性のあるスピーカーを真下に向けて設置したものと、糸電話のようなマイクを垂らした仕掛け。糸電話で話した「声」は、天井部のスクリーンに「雲」を模して表現され、その「雲」がいきついた先のスピーカーだけに音が流れる仕組みになっている。天井部のスクリーン上には「風」が吹いていて、風により雲(声)が予想しない方向に流されてしまうので、「この人に向けて話そう」と思った声が、その人に届かず別の誰かのところに聞こえてしまったりする、というような構造になっており、意図しないコミュニケーションを生むしかけとなっている。
作品紹介④ Through the looking glass
http://nae-lab.org/~kakehi/TLG/
鏡が設置された台の上で、自分を前にしたテーブルホッケーゲームを行う仕掛け。正面の鏡には自分が写っているが、鏡のなかの自分の手元のホッケーゲームは、自分とは違う動きをするような仕組みになっており、「自分が自分と違う動きをする」と感じるようなものになっている。これによって、普段は「自分自身」である鏡のなかの自分が、突然「敵」になり、勝負に負けて悔しい自分の前に、なぜか勝負に勝ったのに悔しそうにしている自分が現れたりする、といったものになっている。
上記までの例のように、多人数参加型のコミュニケーション環境下に、局所性や指向性をもたせて情報を埋め込む(非対称な)メディアを入れ込むことで、デジタルメディアを通して新しい「現実」が付加される。それにより情報の関係性が変化して認識されることに
なり、参加者のコミュニケーションを助けられたり、逆にあえてハードルが作られることでコミュニケーションが深まったり、また通常は生まれにくいコミュニケーションを発生させることができたりする。
また、こういったインタラクションを発生させる仕掛けは、カメラやスピーカー等のいわゆるデジタルメディアを利用しないと発生させられない、ということではないと考えており、「身近なモノの特性を活かしたインタラクティブメディア」「実世界の素材をメディアにしてインタラクションに接続する」ということに興味関心をもって取り組んでいる。
作品紹介⑤ Force tile
http://www.xlab.sfc.keio.ac.jp/?page_id=85
テーブル型のディスプレイ上に置いた「ゲルでできている板辺」によって、画面が操作できるというもの。ゲルを置いたり向きをかえたり、という操作に加えて、押したりつまんだり、といった操作を認識して、画面を操作できる仕組みになっている。
「柔らかい触感」という物理的な特性が、「柔らかくてつい触ってしまう」というインターフェースの魅力にもなっており、また「柔らかいからこそタッチ操作をセンシングできる」といった機能面での前提にもなっている。
作品紹介⑥ Physical digital book
紙自体を情報を操作するツールとして活用し、紙をめくることでその紙に投影されている画面が変わる、というリアルの書籍とデジタル書籍の中間のような仕掛け。
作品紹介⑦ Metamorphic light
http://www.xlab.sfc.keio.ac.jp/?page_id=306紙の「張り」を活用して、その「張り」から生まれる動きに反応して投影画面が変化する仕掛け。
作品紹介⑧ Neon Dough
http://www.xlab.sfc.keio.ac.jp/?page_id=371
導電性の粘土を活用してつくった「光る粘土」で、その光がくっついたり離れたりすることで色が変化する、という仕組み。通常の粘土は、形を決めてから着色をすることが多いと思うが、制作の過程で「形が色を決めるきっかけ」になったり、「色を見て形を変える」ことが発生したり、といった色と形の相互作用を発生させるものとなっている。
作品紹介⑨ onNote
http://www.xlab.sfc.keio.ac.jp/?page_id=309
紙の楽譜を机の上に置くと、上部に設置されたカメラが楽譜の画像を認識し、その楽譜に記載された音楽を演奏する、という仕組み。「楽譜」という、普段使われている素材をつかってインタラクションを発生させている。
作品紹介⑩ Shaboned chime
http://www.xlab.sfc.keio.ac.jp/?page_id=241
石鹸の泡を用いた、空気をつかったインタラクションの仕掛け。
作品紹介⑪ hanahanahana
http://www.xlab.sfc.keio.ac.jp/?page_id=176
香に反応するインタラクティブアートで、香水などの香りをかけることによって、花の映像を出す仕掛け。
様々な素材をデバイスとして活用することが可能で、そのデバイスならではのインタラクションの設計が出来る。
よって、こういったインタラクションの仕掛けは、室内でなくともコンセント(電気)がなくとも、構築することが可能で、自然界のエネルギー循環を活用しそれを動力源とした仕掛けを構築することなども可能。
作品紹介⑫ Soltiluca
http://www.xlab.sfc.keio.ac.jp/?page_id=316
日中の太陽光のエネルギーを蓄え、光の当たった時間(昼間の影の変化)等をログとして残すことで、夜間にそのログに応じたライティングを行う仕掛け。
また、現実に人が感じる「触感」を、デジタルメディアを通じて「拡張」することも可能であり、以下のような仕掛けを構築している。
作品紹介⑬ TECHTILE toolkit
空のコップだが、そのコップに「水が注がれている触感」を感じるコップ
作品紹介⑭ RiverBoots
http://www.xlab.sfc.keio.ac.jp/?page_id=221
「川のなかを歩いているような触感」を感じるくつ
作品紹介⑮ TagCandy
http://www.xlab.sfc.keio.ac.jp/?page_id=215
舐めている飴玉に振動を伝え、いろいろな「触感」を拡張させる仕掛け
今まで紹介してきた事例は、すべて研究ベースのものではあるが、研究室を出て実用的に使われているものもいくつかある。例えば、美術館等ミュージアムの掲示版として、物理的なメモも貼り付けられる一方で、WEB上から映像によるメモを貼り付けられるような掲示版を使ってもらっている事例や、豊洲のあるベンチでは、二つ並んだベンチで、座り方がそろうとライティングの色がかわる(それによってコミュニケーションを誘発させる)ような仕掛けが展開されている。また、ワークショップや学びの場への活用も進んでおり、二子玉川における「くらす・はらたく・あそぶ」を繋ぐツールとしても、何か面白い展開が出来るのではないか、と考える。
質疑応答
Q1:本日の講演で、特定の素材を用い、素材の特性を活かすことによるインタラクションの事例を多数ご提示頂いたが、昨今では、例えばsiriなど、特定のデバイスを介さないでインタラクションを構築するような仕掛けに注目が集まっているようにも感じる。これは、モノ(デバイス)が少なくなっていく方向ではないだろうか。このあたりをどうとらえていらっしゃるか。
A1:ジェスチャーインタラクションや音声認識などの発展は認識しているが、一方で、自然なかたちのインタラクションを演出させるには、まだ「壁」が残っている部分があるのかなと感じている。モノ(デバイス)を通じたインタラクションは、日ごろ身近なモノ(デバイス)の素材を変えることで、例えば触感などを通じたインタラクションといった形に変わるといったようなことを通じて、そういった壁を超えることができる可能性があると感じている。
Q2:「今度はこういうのをやってみよう」など、着想をえるときの先生の「目の付けどころ」について何かあればお教え頂きたい。
A2:特別な素材、特別なモノに注目して何かを考える、というよりは、日常のなかにあるものをつかって、どういった新しいことを生みだすことができるか、ということを常に考えている。